暗譜について(改訂版):暗譜の効用

暗譜のお話、その2について。暗譜の効用。

譜面を見ないで弾くことは、ピアノの発表会で多くの人が経験したことだと思います。子どもでも出来るのだから、簡単そうで当たり前に見えるかもしれませんが、曲の長さと音が増えると大変になってきます。

でもまずは、なんで暗譜するのかしら?という疑問でしょうか。

「暗譜はパフォーマンス」という意見もありますが、単なるパフォーマンスだけではないと思います。とりあえず私が暗譜が自分に与える効能と思ってることから。

一つには暗譜しておいた方が断然身に付いています。暗譜した曲は今でも一応吹けるけど、最初から暗譜する気のなかった曲は、全く思い出せない…っていうレベル、それ位違いがあります(やっつけ暗譜は除きますが)

そして暗譜をしよう!と思うと、必然と曲にもっと向かい合うように思います。最終的に暗譜で舞台で演奏するかどうかは別としても、演奏する曲は全て暗譜で吹ける位になるまで吹けた方が良いでしょう(特に専門的に勉強している人は)

私がなるべく暗譜して吹こう~と思っている曲(なるべくと出来る所がフルート科の適当さですが)は独奏ソロ曲です。ヒトリポツネンなので、失敗しても責任は我にありということで、適当に誤摩化せるという気楽さもあります(笑)
演奏する曲は、独奏曲は邦人作曲家の現代曲が主です。不可能な曲もありますが、大体は覚えようと思えば覚えられます。現代曲は見て吹いて、古典物を見ないのが普通ですが、暗譜した方が効果が高まる気がして暗譜するようにしてます。

篠笛の曲とかだと尚更で、指譜(タブラチュア)で書いてあると、5線譜に比べて慣れてないのもあるので、確実に「読んでしまう」のです。読んでしまうとどうなるかっていうと、妙に冷静というか、妙に違う意識が働いて、打込めないというのかな?本番で譜面を読み過ぎてしまう危険性というのでしょうかね。

現代曲の曲想は色々ですが、私個人の感想では「雰囲気」というものを描写してる曲が多い用に感じます(音楽はどれも雰囲気を描写してるのかもしれないけど(^^;)その雰囲気というものは、読んで聞かせるような雰囲気ではないことが多いような気がするのです。現代曲は聴衆にとっては意味不明なところがあると思うのですが、訳の分からない物を「これは呪文です」と確実に読みながら言われるよりも、アブラカタブラーっと只管唱えてるような様子の方が「これは呪文だ」と思えるというのでしょうか。
ここでp、あっちでf、ここは2.5拍・・・と確実に演奏することも大事なのかもしれな いですが、その確実な作業が、雰囲気を壊してしまうというか。。。特に独奏だと、相方が出すオーラもないですし自分1人です。もしその雰囲気が自分の中からワーっっと出て来たら、多分もっと効果があるだろうと思うのです。自分自身にも、観客にも。自分1人で全部の雰囲気を作り上げなくてはならないとなると、楽譜が邪魔な存在に思えてくるのです。

さすがにアンサンブルになると人の分まで覚える上に、 連帯責任になるわけですから暗譜は厳しくなりますが、ソロは勝手に崩壊しても人間関係の崩壊にはならないわけで、だったらリスクを取った方が良いよねと思い暗譜することが多いです。

 「暗譜は譜面から解放されて自由になるためだ!」と、ヴァイオリニストの我が夫は常々言うのですが、暗譜をある意味やらされてた辛かりし頃は、暗譜の何が自由なんだ!!と腹を立てていました。それは暗譜にはリスクがあり、大変だからです。ただ暗譜を意味を持ってしようと思っている今は成る程確かに自由になれるなと思います。ただし楽譜から自由になるためには、それ相応の努力がもちろん要求されます。

トレバー・ワイ氏の フルート教本 5 呼吸法とスケールの最後にも暗譜について少し書かれています。スケール本の後ろに暗譜?と思われそうですが。そこでも氏は「台本の束縛から離れた自由を楽しんで下さい」と書かれています。スケール本の後ろに何故暗譜、なのですが、そこには即興演奏のことも少しだけ書かれています。即興が出来るようになるにも、ある程度の知識とそれに伴う技術が必要で、スケールで養えるから、スケール本に載っているのかな?

かつてはカデンツなども自身の即興を演奏していたのですが、今はそういうことも少なくなり・・・。即興も最初はウワーっとパニックになるかもしれませんが、やってみると案外楽しいものです。私達は、言ってしまえば少し既に書かれている「正しい譜面」というものに、囚われ過ぎているのかもしれませんね。



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