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拍子感を持つ為の練習方法

いつだったか日本人の手拍子と西洋マーチの手拍子の違いという話を聞きました。日本人の手拍子は、手の中に落ちる手拍子なのに対し、ウィーンのニューイヤーコンサートの手拍子は跳ね返るのであります。
アップビートの感覚だとか、アウフタクトの感覚だとかに日本人は疎いと言われますが、この手拍子にも感覚の違いが出ていると思います。

拍子感というのは音楽表現において、とても大事なことです。特にバロック音楽などは元々が舞踏音楽なことが多く、拍子感があるとないでは大きな差が。

拍子感ですがまずは”拍子”




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改訂:ビブラート

フルートでビブラートがかけられるようになれば、表現の幅はぐっと広がります。ビブラートはかければ良いというものでもないですが、色んな意味で個性が見える技法だと思います。

ビブラートはかけたくてもかけられないという人と、自然とかかりましたという人といます。ビブラートが自然とかかりましたという人の多くは喉に力が入っているチリメンビブラートになっています。ちりめんビブラートとは、布のちりめんから来ているのですが、喉で掛けてしまうため音が一瞬死んだ状態になるのです。ちりめんが如く、細かい震えになってしまいビブラートの幅調節が出来ない、常時掛かっているような状態になってしまいます。ビブラートというのは「表現方法」の一つで、いつでもどこでも掛かっていれば良いというわけでもないので、ちりめんはNG。


ビブラートが掛かりませんという人を含め、どちらのケースでも実際使いこなす、コントロール出来るようになるには、ある程度の練習が必要になります。



どんな練習が必要かというと・・・ビブラートが掛かるようになるための練習・・・というより、腹筋の練習(参照:腹筋を使って音の練習)を地道に沢山していればそのうち何となく自然と掛かってくるのでは?というのが、私の自説です。腹筋がないうちは、ビブラートは掛かりません(かかってもチリメン)。 フルートの先生によっては「ビブラートは勝手に段々掛かってくるから考えなくて良い」という人もいますし、「地道に練習するべきである」という人もいます。どっちが正しい、というのは、あまりないと思うのが非常に日本人的な私の意見(笑)


というのも、私の場合はいつからかは分かりませんが自然とビブラートらしき物が掛かってきたようです(覚えてません)。と、同時に大学に入った頃からそのビブラートでは不満足だったのです。上手く自分で調節する事が出来ず曲の雰囲気を壊すビブラートでした。だから「もっと良くしたい」と思い、ビブラートの練習を始めました。

何でもそうですが、技術習得にはまず「欲求」が必要だと思っています。何に使うかも分からないのに、システマティックな練習をするのは、ある意味非効率的。何に使うかも分からないのに、工具セット一式、お料理セット一式を買うような物です。使用目的が分かっていれば、目的に合った物が買えるわけで効率的!
ビブラートが少し掛かってきた、もっと自分の思うように調節したい、もっと素敵なビブラートにしたい、なんていう欲求が自分の中で湧いて来た時、”ビブラートの練習”というメソードと向かい合うのが良いと思っています。そうでないと退屈で地味な練習と格闘しながらも、意味のない練習になってしまうと思うのです。 そしてビブラートが全く掛からないという人は、腹筋練+沢山フルート(プロの)を聞く事です。プロでビブラートが掛かってないというのは、バロックスタイル演奏以外は有り得ないですから、まずはイメトレから。


ビブラートの練習の教本ですが、私が使ったのはトレヴァー・ワイ フルート教本 第4巻―音程とヴィブラート [改訂新版]
 トレバー・ワイさんらしい、めちゃくちゃ詳細まで載ってる練習方法です。内容的には中級より上の人向けです。忍耐・時間・・・が必要です。

或は小泉浩さんの朝練 フルート 毎日の基礎練習30分 は初心者〜初中級者、部活のでフルートを吹いている人にはその他の練習もまとまって載っているので大変有効です。

最後に、本の中に図式や、『音を曲げる』といった表現が出てくるのですが、実際音を曲げるとは??という、ちょっとした説明。



メロディーと伴奏を見つける

ケーラーのフルート第一巻の記事の中でもお話しましたが、分析、解釈と練習方法はエチュードで学ぶことの一つです。


エチュードは技術だけを学ぶわけではありません。


エチュードはメロディーラインと伴奏が一緒になって、ソロ曲になっているパターンが多いです。メロディーラインと伴奏を同じ音量、同じ吹き方で吹いてしまうと、いわゆる”棒吹き”に聞こえるので少しだけ何かが変わる分けですが、その何か・・・は実際に聞いてみないと何とも申し上げられませんが、メロディーラインが少し浮き出るように吹き、伴奏は滑らかに且つ和声(こと、ケーラーやバロック時代の曲などは)を作るように吹く・・という感じでしょうか。

例えば私の譜面(お恥ずかしいまでの殴り書きです)から。bと書かれてるところから、オレンジので囲まれているのがメロディーラインです。
ケーラー第一巻 5番より
つまり、bからメロディーが、

シ(二分音符)、ラ#(四分音符)、シ四分音符、シ(二分音符)、ラ#(四分音符)、シ四分音符 レ(全音符)

となっていて、ソミソ、ソーーーと伴奏が入っているわけです。こういう風にメロディーラインを見つけたら、まずはそれだけ吹いてみることです。とてもメロディックに。何回も吹いてるうちに感覚が分かって、そこに伴奏を入れると、自然と棒吹きには出来なくなると思います。


もう一つの例はバロック音楽のソロ曲の定番、テレマンのファンタジーです。 

テレマン 12のファンタジー 7番 より



こちら、Aと書かれている所(2段目)からアウフタク付きで主題(動機?)が4小節間続きます。その後、ゴチャゴチャと沢山音が続いていますが・・・よくよく見てみれば、3段目の1小節目3拍目から、テーマが隠れているのです(テーマと書き足してある所)◯で囲まれてる音がテーマ、他は飾り音です。

このように、テーマと伴奏を見つけ出し、テーマだけ取り出して練習する練習をしてみましょう。


また植村秦一先生著のケーラー第一巻(シンフォニア出版)はこのテーマを浮き出させる練習など色々載っていて、分析・解釈を学ぶには最適な教本になっています。




耳から鍛える

音楽表現力を上げるとはどういう事でしょうか。表現という単語をテクニックに入れてしまうと「音楽はテクニックじゃない」という話にも繋がってしまうかな?と思ったので、音楽表現力を「テクニック」カテゴリに入れるべきかどうか迷ったのですが、やはりここは敢えて「テクニック」に入れておく事にしました。

音楽表現というと、なんだか感情を出せば良い、感情を込めれば良い・・と思うかもしれません。が、そんな「感情」「感性」にも色んな表現方法があります。「感情」や「感性」というのは、言葉で言う所の「言いたい事」に当たると思っています。

言いたい事がある。これが第一。

そして次に、そんな「言いたい事」を上手に伝える力、これが音楽表現力だと思います。これは、私は語学力で言う所の語彙力、文法力かなと思っています。私が最も得意な言語は日本語です。日本語だと、この言葉にしようか、この語順にしようか・・などと選べますし、選ぶことで、歯切れ良い文章にしたり、余韻を残す文章にしたり、説得力を上げる文章にしたりすることが出来るわけです。フランス語では日本語程そのような事が出来ませんし、英語に至っては基本文法に従え状態です。つまり表現力とは、伝える上で非常に重要なテクニックなのです。

さてさて実際は音楽を表現する際には、今まで上げて来た技術、タンギング、音、呼吸などを全部駆使します。これらは自分の体の駆使ですが、音楽表現力はここに自分の「感性」の駆使が入ってくると思います。テクニックの総合体とでも言いましょうか。


ではどうやってその「感性の駆使力」を上げるか、という話になります。そしてそのためにはやはりまずは「感性を磨く」事です。そして「感性を磨く」為にはどうするかということになり、そこで私は、まずは聞く事だと思います。音楽は耳で聞くものですから、まずは耳を肥えさせるということです。



日本の伝統音楽は口承伝統で、ひたすらに師匠を真似る事から学ぶと言われていて、そもそも学ぶという言葉と真似るという言葉の語源は同じとも言われています(語源由来辞典より)
なんていうと、「そしたら個性はどうなるの?」という話になると思うのですが、個人的には個性というものはどんなに真似てもにじみ出てくるものだと思っています。学ぶは真似るですが、真似るも学ぶなので、ただの猿真似ではなくて、真似ながら学ばなくてはならないわけです。形をソックリ真似るというのは実は大変で、多分真似る段階で、自分との違いが浮上してくるでしょうし、その違いを分析して、「もっとこうしてみよう」という発見があることでしょう。或は「自然と身に付いた」という事もあるかもしれません。

先生から言われた事をそのままする、とはちょっと違います。先生から言われた事は言われた事であって、自分で聞いていません。自分で消化してないから、ちょっと違う。真似るという行為は受け身なようで、実はすごく能動的な学び方法だと思います。

最近面白い話を聞きました。知人の所に来る生徒さんらが口々に、
「昔、昔習っていたピアノの先生がバッハは練習曲みたいでつまらないって言ってた」
と言うと言うのです。練習曲=つまらない という発言さえもどうなのかな、と思います。後々エチュード・曲の練習方法の中で御伝えして行きたいですが、エチュードにも沢山の音楽的面白さが隠されています。本人の姿勢次第です。
ましてバッハです。バッハよりもドビュッシーの方が好きだという個人的見解はともかく、バッハから音楽を見いだせないとは教育者としてなんとも悲しい限り。そして思ったのです。この先生方は、バッハを実は聴いた事ないんじゃないかしら?と。或は同じような考えを持った人のバッハしか聴いた事が無いとか。(音大生・音楽家だからといって、音楽を沢山聴いているとは限りません(悲しいですが、それも現実))

バロック時代の音楽を”シッカリ・カッチリ”というのは何故か日本の教育内であるようですが、あの頃の音楽はダンス(舞踏)と結びついているものも多く、動きがあるのです。音の動き、舞、そんなのも理屈ではなくて、聞いてみないと分かりません。和声の変化が大きく音色、空間に影響してきます(これは西洋音楽全般に言えますが)。それらが耳の感覚に結びついていないと、バッハの整然とした音の並びは”練習曲みたいでツマラナイ”に繋がるのかな??と思いました。

音楽は吹くのも楽しいけれど、沢山聴いてみてください。流し聴きあり、積極的に聴きあり。


J.Sバッハ/C.P.E.バッハ:フルート協奏曲 /ソナタ(クイケン演奏//バロックフルート)



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